本を読まなくなったけどまた読まなくちゃ

読書しなくなりました。

楽しみのため、知的な刺激を得るための読書はひとまずおいておくとして、利益のための読書が減りました。

読書をすると、自分を変えることができて、何らかの利益を得ることができます。自分を変える方法としては、最も優れているでしょう。

でもそれが減ったのは、自分を変える時間が取れないからです。

読書は、読書して終わりではなくて、そこから学んだことを実行しなくてはなりません。でないと、「ええ話やった」で終わりです。

どんないい本だって、実行しなければ「ええ話」で完了です。そして、実行とはたいてい、一回やって終わりではなくて、習慣として継続しなくてはなりません。つまり、時間が必要なのです。

しかし、現在の私の時間は、すでに習慣で埋めつくされています。そこに新しい習慣を入れるには、今の習慣を捨てるか、時短しなければなりません。

今の習慣は、取捨選択して磨いてきた自負があります。捨てるには惜しいのです。

新しい習慣のための時間が無いなら、本を読むのは無駄だから、最初から読まないほうがいい、というわけです。

自分を変えるのがしんどくなってきた、というのも正直あります。もうすぐ50歳ですから。これが老化でしょうか。

いっぽうで、同じことをしていてはこの先を生き残れない、という危機感もあります。

ひょっとしたら、今の習慣は鶏肋でしかないのかもしれません。

私は、運命というものは存在しなくて、一瞬先のことだって自分自身で選択する余地がある、と考えています。

ならば、主体的に自己を変え、より良い人生を選ぶためには、やはり自分を変えるしかなく、そのための近道は、読書だろうという答えにいつもたどり着くのです。

「もう本読むのはしんどい」という自分を押し殺して、読み、そこに書いてあることを実行する。長期的に見れば、それが時間とおかねを増やす最も良い方法です。

だから本を読もう、とこの文章を書いてみて再び決心しました。

この記事を書いた人

カズナリ

雑記ブログ「カズログ」の中の人。1971年生まれ。180cm80kg。ブロガー/ひとり社長。ツイッターで捕まえた年が半分の嫁が自慢。好きなことは家族/会社経営/作文/筋トレ/写真/システム手帳いじり。