六本木から新橋まで散歩し東京の歴史に触れてみる

天下一キーボードわいわい会vol.3に参加した

▲住友不動産六本木グランドタワー。2019年11月30日に開催された「天下一キーボードわいわい会vol.3」に参加した。

分割で、親指重視のキーボードが欲しく。

Corne Cherry Lightのキットを購入した。ちゃんと作れ乗るのかはわからない。

高層ビルの隣で木造家屋が朽ちていく六本木

天気がいい。新橋まで歩いてみようか。

▲住友不動産六本木グランドタワー。DMMやテレビ東京のオフィスがある。こんな高層建築の横に、

こんな木造建築があるから歴史ある街並みは面白い。

▲浄土宗善学寺。寛永3年、1626年の創建だという。

ペンキ塗りだから「偏奇館」 永井荷風の自宅跡には泉ガーデンタワーが建つ

▲麻布通りを横断し、首都高都心湾岸線をくぐる。

▲御組坂。おくみざか、と読む。

江戸時代、幕府御先手組(おさきてぐみ)の屋敷が、南側にあったためこの名がついた。

今はそのあたりに、パークコート六本木ヒルトップというマンションが建っている。

坂を下った先は、泉ガーデンタワーがある。大正9年、そのあたりに小説家の永井荷風が自宅を建て「偏奇館」と名付けた。板にペンキ塗りだったのと、自分の変な性格から、荷風がそう命名したとか。

昭和20年、東京大空襲で偏奇館は消失する。

▲御組坂の北側には、ポニーキャニオンがある。

▲北へ行くとスウェーデン大使館。その先に、

▲いい感じの小道があったので近道しようとしたら行き止まりで引き返した。

大倉集古館は5年の休館を経て再開していた

▲オテルオークラ東京別館。1973年開業。老朽化により2021年までに閉館し、その跡にタワマンが建つという話もある。

六本木から虎ノ門にかけて、建設中のビルがいくつもあり、5年も経てばまた風景は変わっているのだろう。

▲大倉集古館。実業家大倉喜八郎が1917年(大正6年)に開館した。

1923年の関東大震災で一時休館し、耐震耐火の中国風の展示館となり1929年再開館。

ホテルオークラ東京本館の建て替えに伴い、2014年より長期休館。2019年再開館。

いずれ見学したい。

集古館を右に見て北上すると左に米国大使館が現れる。突き当たりを東へ。

▲汐見坂。

路地を北西にたどり、虎ノ門のほうへ。

虎ノ門金毘羅宮 神社と高層ビルが同居する不思議空間

▲虎ノ門金毘羅宮。

1660年に讃岐丸亀藩の藩主京極高和が江戸藩邸に金毘羅大権現を勧請。1679年、藩邸移転で現在の虎ノ門に遷座した。

▲先の大戦で建物は消失し、1951年に再建。

2004年、敷地内に虎ノ門琴平タワーが竣工。高層オフィスビルと、社務所や神楽殿が一体化している。不思議だが、静かで落ち着いた空間だ。

▲虎ノ門を超え、西新橋の交差点。フォルクスで食事し、新橋駅まで歩いて、総武線に乗り帰宅した。

この記事を書いた人

カズナリ

カズナリ

雑記ブログ「カズログ」の中の人。1971年生まれ。180cm80kg。ブロガー/ひとり社長。ツイッターで捕まえた年が半分の嫁が自慢。好きなことは家族/会社経営/作文/筋トレ/写真/システム手帳いじり。