スマホからSNSを削除したら負の感情が消えて集中力が上がって楽になった

スマホは自由になるための道具だったのに不自由になってない?

日本初のスマホ、W-ZERO3が2005年12月に発売され、2008年にはiPhone3Gが日本に上陸しました。

手のひらに乗るデバイスからいつでもインターネットを使える。スマホは自由になるための道具でした。

しかし実際そうでしょうか。

確かに、便利にはなりましたが、幸福になったかと聞かれれば、素直に肯定はできません。

ちょっとでもひまがあれば、いやひまがなくとも、スマホを見てしまいます。やるべきことに集中できません。

そして、あっという間に時間が過ぎています。これでは自由どころか奴隷です。

有用な情報も活かせないなら意味がない

スマホでなにを見ているのか。SNSです。具体的にはフェイスブック、ツイッター、インスタグラムです。

SNSには価値のある情報が流れています。そうではない大量の情報とともに。

そして、価値のある情報はとても消化しきれません。どれだけ価値のありそうな情報だって、「ふーん、いい話だな」で流れていくだけ。

だったら、初めからそこに要する時間はムダなのではないでしょうか。

優れた人に嫉妬して集中力と時間を消耗する

SNSでは、成功してリッチな人や、能力が優れた人が目立ちます。

彼らに怒り、嫉妬します。

自分が欲しいものを買った人に、嫉妬します。

ちょっといいツイートをしている人にも、いちいち嫉妬します。

だめなことをしている人には、怒ります。

そうやって感情を刺激されて、三毒(負の感情。「怒り」「欲望」「迷い」)が増えて、集中力と時間を消耗します。

スマホからSNSアプリを削除してみたら

SNSなんてやめてしまったほうがいいんじゃないか。

やっとそこに気づいて、スマホからフェイスブック、ツイッター、インスタグラムのアプリを削除してみました。

すると、三毒が減りました。怒らないし、欲しくもなりません。穏やかでいる時間が増えました。

集中力が増えて、タスクがあっという間に片付いていきます。

人間は、三毒を自ら求める傾向にあるのですが(自傷行為のようなもの)、SNSはそれを助長してしまうのでしょう。

スマホそのものを触ることは禁じていませんが、触る時間は減りました。スマホは、メモを書いたり、読み返したり、わからないことを調べる道具となりました。

読書の時間も増えました。

孤独でなければアウトプットできない

世間から取り残されていく、という不安はそれほどありません。そもそもSNSにどっぷりだと気づきにくいですが、SNSが世間のごく一部なのです。

SNSにどっぷりのほうが、世間とズレているかもしれません。

いや、SNSと、さらには世間とのズレを恐れず、孤独でいる時間を、あえて作りたいのです。

生産性を高める。アウトプットを増やす。そのためには、孤独でいなければなりませんから。

SNSは社交として接する

SNSは「ソーシャル」です。社交です。

完全に社交をゼロにしてしまうのも、いただけません。友人知人との社交も生活には必要です。

そこで、時間を決めてMacのブラウザからフェイスブックとツイッターをのぞくことにしました。

これで十分。なんの不都合もありません。

この記事を書いた人

カズナリ

雑記ブログ「カズログ」の中の人。1971年生まれ。180cm80kg。ブロガー/ひとり社長。ツイッターで捕まえた年が半分の嫁が自慢。好きなことは家族/会社経営/作文/筋トレ/写真/システム手帳いじり。