家族のコスパが悪いなんてとんでもない! 「愛」だけが自己を成長させ 収入も増やしてくれる

恋愛や結婚や家族はコスパが悪いから独りを選ぶ若者が増えてるそうだ。コスト高だから恋愛しないし家族も作らない。それはつまり「愛などいらぬ」ということ。

愛をあきらめてはいけない。実は、「愛」のコスパはとても高いのだから。

結婚や家族をコストと見なす人生に意味はあるのか

人生の4大コストという家、家族、結婚、自動車。

このうち、自動車と家は、「結婚」したあとの「家族」を維持するための物理的な装置なので置いておくとして、結婚と家族を「コスト」とみなしてカットする人生に意味はあるのか。

ただでさえ所得が低い若年層から徴収した税を、先が短い老人に手厚く配り続けた結果、若者に結婚と家族までコストと思わせるような社会になってしまった、という背景はあるにせよ。

結婚と家族へのステップとなる「恋愛」でさえ、コスパ悪いという理由で避けてしまうと、取り返しがつかないことになる。中年になってから「しまった」と気づいても、時間は戻せない。

愛は高度なスキル 習得しやすいのは「家族愛」だ

恋愛、結婚、家族。つきつめれば「愛」による行動だ。

はじめは赤の他人でしかないパートナーのことを思いやったり。

赤の他人ではなくなってしまったパートナーのために行動したり。

パートナーとの間にもうけた子供のために行動したり。

愛とは、見返りを求めないことだ。しかし、愛が人を行動させ、成長させる。成長すれば、収入がアップしやすく、社会的な成功も得やすい。愛は損得を考えないことなのだが、結局は愛が深い人が得してしまうのだ。

愛は高度なスキルだ。キリストは隣人を愛せと説いたが、いきなりは難しい。最も習得しやすい愛である「家族愛」を育むことが、愛を深める近道だ。

著名人は、大きなコミュニティを持っているから愛が不要なのかもしれない。普通の人がその真似をして、家族をコスパが悪いとして切り捨ててしまうのは、愚かなことだ。

愛ゆえに人は戦う

▲愛のために戦うケンシロウ

愛とは他者があってこそ。異性の関心を引き、同性と競争するところに、戦いがあり、成長する。

外見を磨いたり、能力を高めようとしたり。

遺伝的な容姿や能力はある程度決まっているとはいえ、愛による戦いは「ストレッチ目標」となり、最大限に人を成長させる。

愛ゆえに相手を思いやる

愛とは「相手の立場」と「エゴ」の戦いだ。

愛によって相手を変えることはできない。変えようとした時点で、それはすでにエゴであって愛ではない。

「相手の立場に立つ」のが愛の第一歩だが、それは想像するしかない。どれほど鮮明に、相手の立場を想像できるか。必死になって想像した相手の立場と、エゴと、どっちを優先するのか。

愛とは、その連続だ。

そして、相手もこの「愛」を行う。

愛が双方に流れれば、愛を育む、ということになる。

愛を育んでいる家庭は、生きる支えとなる。

愛で収入がアップする

家族愛を育めば、収入もアップする。

仕事とは、お客の役に立って報酬を得るということ。

お客の役に立つには、お客の立場に立ってものを考えることからはじまる。

このとき、お客への愛がなければ、お客の立場に立つことはできない。

お客さんへの愛。職場の仲間たちへの愛。

特定のパートナーを愛し、愛を育んでいれば、愛のスキルが高まり、お客も仲間も愛することができる。

真剣に愛を育んだ経験が無いと、お客を愛することができない。

お客の立場の想像が不鮮明だったり、そもそもまったく間違えてたりするから、成果は上がらない。

愛を拒否するなら「マックジョブ」(マクドのレジのようなマニュアルがあればだれでもできる仕事)でしか収入を得られなくなる。

愛あるから今日も生きる

愛に生きるというのは戦いだ。

生物は、雄が雌を獲得する戦いの中で進化してきた。人間もそこからは抜け出せない。

しかし、人間が他の生きものと違うのは、愛には安らぎがあるということだ。

絶対的に自分をゆるしてくれるパートナーが存在することで、この世は生きやすくなる。

戦いの中で自己の成長を促し、同時に安らぎでもある愛。

コスパ悪いからと捨ててしまうのは、もったいない。

この記事を書いた人

カズナリ

カズナリ

雑記ブログ「カズログ」の中の人。1971年生まれ。180cm80kg。ブロガー/ひとり社長。ツイッターで捕まえた年が半分の嫁が自慢。好きなことは家族/会社経営/作文/筋トレ/写真/ノート術。