5年ぶりに大阪に行く。7時前の羽田空港。搭乗口にたどり着きイスに座った。スーツにネクタイの中年男性が前に座った。氷結の500ml缶を手にしていた。早朝だ。三度、確認したが、氷結に間違いなかった。
機内で「ソー ラブ&サンダー」を観てたら伊丹に着いていた。モノレールと電車を乗り継ぎ、兵庫県某市某駅に向かった。改札を出て歩き出した。坂道だった。「お父さん、仕事終わって家に帰ってくるとき、この坂道を登るのがいやでね。ある日」妻@st_0905が、今は亡き義父の話をしてくれた。彼女は小学生のころ、このいつまで続くかわからない坂を登り切った先にある住宅街に住んでいた。義父の話は、ここに書けるようなことではなかった。
坂を登りきった。商店街が始まる。肉屋さんの前で立ち止まった。
ようやく来た。
妻の、思い出の肉屋さん。彼女のnoteを読んでから、ここに来たかった。
余談だけど、この記事を読むたび、胸が痛む。今は寛解したけど、彼女は出会ったころからうつ病で、こんな幼少期を経ればうつにもなろうというもの。「うつなど甘え」と思っていた私は、ただ恵まれていただけ。ありがとう父さん母さん。
妻が過酷な時を過ごした空間に私も立ってみて、よかった。彼女の辛さを少しでも共有したく。このあと逆に、私が辛い時を送った場所を彼女と歩いたんだけど、こちらが安らかな気分になれたのは予想外だった。
脱線した。彼女のオアシスだった肉屋さん。鼓動が高まる。引き戸を引く。普通の肉屋さん。ショーケースにハムカツはない。コロッケを求めた。「ハムカツ、揚げてもらえるよ」「え、そうなの」
ハムカツを追加した。彼女の記事では54円だったが、90円になっていた。彼女は、幼いころにこの店に何度も来たと、レジの女性に話しかけた。私は何も話さなかった。
店頭のベンチに座った。揚げたてのコロッケは熱かった。じゃがいもが甘くて、たまに胡椒が香った。ハムカツが揚がった。
彼女の記事のとおり、ケチャップをかけた。カリッとした衣に、油と熱で柔らかくなったハムが合う。冷たくて甘いケチャップ。
揚げ物ふたつが腹に入った。立ち上がった。
商店街を進み、左に折れた。古い住宅がどこまでも続く。このあたりで父が車をぶつけられた。インフルエンザにかかったのに家にいるのがイヤで無理に学校に行こうとして吐いて倒れたのがここ。空腹でがまんできずもぎとったキウイの木がまだある。
しばらく歩いて、彼女は住んでいた家の場所を思い出した。あのあたり、と指をさした。ベージュの壁で、周囲の家より大きくて新しい家の前で立ち止まった。やりたくもないキャッチボールの相手をやらされ、グラブからそれたボールがしょっちゅう隣家の庭に入ったと彼女は言った。隣家は形が大きく変わったらしい。
歩き出した。下り道。膝を痛めないよう、注意しながら。片側3車線の大きな道路沿いにしばらく行くと、駅だった。
大阪駅に着いた。大阪駅が大きく変わった10年ほど前に、大阪から関東に移り住んだ。かろうじて、今の大阪駅にも懐かしさを抱ける。
荷物をホテルに預けて、5年ぶりの梅田を散歩した。
義父が勤めていた会社を探してみることにした。妻は大阪市内に住んでいたこともあったそうで、梅田にあった父の勤め先に、歩いて会いにいったことがあるという。
散々歩いたが、義父の会社はわからなかった。腹が空いたので、玉五郎でつけ麺を食べた。
10年ぶり。第3ビル地下の店にはよく行った。
チェックインできる時間になったので、ホテルへ。
少し休憩して、妻は単独行動でなんばに。美容クリニックを予約しているのだという。
部屋に残った私は、iPhoneで今日の歩数をチェックした。2万歩を超えていた。疲れるはずだ。バスタブに熱い湯をためて浸かった。
出て着替えて、ラップトップを開いてメールを確認した。ホテルを出て環状線に乗った。天王寺で降りた。大阪に住む友人二人と酒を飲んだ。部屋に帰った。妻はすでに帰っていて、明日の予定を話して寝た。